文学青年 その②

「りんごはなんでりんごなのか?」

まぁどうでもいいことなんですけど…

昔読んだ本です

「哲学」ってものに憧れがあったんですね

なんか難しそうな話でそれを学んでいるとなるとカッコいいかなぁ

という不純な動機で読んでたと思います



その中に「認識」について書いてありました

どのように世界を「認識」しているかということについて

(※いつも以上に私の解釈・理解はかなり怪しいので気になる方は書籍を読んでください)

そこには主 - 客の「一致」問題があり

それに一石を投じたのがフッサールだ…

それまではこの世に絶対的な真理があって

それは我々は認識できない


それまでの「真理」概念では、「ほんとう」や「正しさ」は必ず主観を超えてそれ自体として存在するものだった。ところがフッサール的な見方では、「ほんとう」はただ、人問どうしの関係の中で、相互の確信の一致としてだけ作り出されるものなのである。

わかったようでわからない

挿絵を参考に描いてみました




お互いがこれがりんごだと思っているからりんご

そういうことなのか

いやきっとそんな単純なことではないんだろう

でもこれって何となくわかる…


この投稿書き出してから時間が経ってしまい

何でこれを投稿しようと思ったのか忘れてしまいましたが

対戦ぬりえと関係してるんですけど…

せっかくなのでこのまま投稿します

閲覧数:2回0件のコメント

最新記事

すべて表示

文学青年

​カテゴリ